このページは編集委員が言いたい放題な話題を提供するページです。お暇なときにどうぞ。<
トップページへ戻る
>
■編集長、BS隊、団活動担当:編集長■BVS隊担当:でえちゃん■CS隊担当:山田さん■VS隊ページ担当:お〜た参謀■
▼
子供の可能性
2008/05/04(日)
▼
はじまりましたね
2008/01/17(木)
▼
秋の味
2007/11/04(日)
▼
「うまのり」はじめました
2006/04/12(水)
▼
山菜三昧
2006/04/11(火)
▼
はじめに「親の教育ありき」でしょ?
2004/12/16(木)
▼
うれしいできごと
2004/12/05(日)
▼
障害者スポーツ体験
2004/11/14(日)
子供の可能性
ゴールデンウィークはボーイ隊の活動がないので、久しぶりに土曜日の夕方、ゆっくりとテレビを見ることができました。
釣り番組が終わって、18:30から日テレで「全力TUNES」という番組がやっていたので、なんとなく見ることにしました。
10歳の女の子がエレキギターを携えて登場し、いきなりマイケル・シェンカーのキャプテン・ネモを完コピしてて、ビックリ!
10歳の子が20年以上前の曲をプレイすることもちょっとビックリですが、その早弾きテクには脱帽。思わずテレビの前で拍手してしまいました。出演していたカールスモーキー石井もかなり驚いていました。
(
マイケル・シエンカー:キャプテン・ネモ ライブ映像
)
(
出演した子供たちの動画:著作権の都合上、キャンプテン・ネモは収録されていないようです
)
(
と思ったら、後日ちゃんとアップされてましたね。驚きましょう!
)
こういうのを見ると、子供たちの可能性って本当に「無限」だなって思います。テレビに出ている子たちも、別に特殊な子ではなく、普段は学校に通って、友達と遊んだり、塾に通ったりしているのでしょう。たまたまギターに才能がある子が、うまい具合に小さい時にギターに出会ってしまっただけのことだと思います。
最近、ボーイ隊のあるお母さんの言葉がとっても気になりました。
ハイキングやキャンプの話をしているときに「うちの子は大変なのは無理ですから・・・」と。
「??大変なのってなんですか?」
そのお子さんは、他の子となんら変わっているところなどなく、特に身体や精神にハンディキャップがあるわけではないのです。
体力が他の子より劣っていると思われるスカウトも、ハイキングやキャンプでつらい思いをしながらクリアすることで自信につながり、次の年には平気な顔をしていることが当たり前です。
あるスカウトは、新人の時のキャンプで荷物が重くて泣いていましたが、翌年には立派に後輩の面倒を見てあげられるほどに成長しました。
結局は親の判断を子供に押し付けているわけで、子供の可能性を潰してしまっているのです。子供に「大変なこと」などないのです。
親が思っているよりも、子供はいろいろなことができますし、対応力や順応性も高いのです。
「大変な状況」を作っているのは、他でもない親なのではないでしょうか。
とはいえ、私も親になってもうすぐ5年のペーペーです。
子供の可能性を広げ、伸ばすためにはどうしたらよいのか、日々試案と反省の連続です。
テレビ画面でスーパープレイを繰り広げる、かわいらしい女の子をみながらそんなことを考えました。
Date: 2008/05/04(日)
No. 27
記入者
編集長
はじまりましたね
先日からテレビで懐かしの「ヤッターマン」のリメイクが始まりましたね。楽しみにしていた方も大勢いらっしゃると思います。私もオリジナル世代でしたので、子供と一緒に楽しく見ました。
皆さんそれぞれで賛否があるでしょうから、細かい部分についてここで語るつもりはありません。話題の世良・野村のセッションによるオープニングは、大人は楽しいでしょうけど「ヤッターマンの始まりの雰囲気としてはどうかな〜?勢いがないよなぁ・・・。」と思ったり、エンディングについては「そりゃないよー!」と思ったりはしましたが・・・。トータルでは「まぁ、がんばっているかな」と。ドロンボー一味の声優陣がそのままって言うのは、当時のファンにとってはウレシイのではないでしょうか。
せっかくなので、オリジナルも見直したいと思い、ネットで物色していたところ、GYAOで毎週2本ずつ放映されているではありませんか。22日までは第1話と第2話を見ることができます。懐かしさに駆られて、オリジナル版第1話を鑑賞しました。
オリジナルとリメイク、双方の第1話を見て、大きく違うと思ったのは「正義の味方」の扱いにあると思いました。
オリジナルでは、主人公たちが「正義の味方」を名乗るのに何の臆面もしていません。かたやリメイクではいろいろと紆余曲折があり、「正義の味方」を堂々と名乗ることをしていません。もちろん制作上のねらいもあり、今の世相を反映していてのことでしょうが、なぜ「僕たちが悪と戦って良い世の中にするぞ!」と胸を張って宣言できないのでしょうか? ちょっと寂しいですね。
最近の子どもたちを見ていても、正しいことを正しいと言うことに恥じらいのようなものがあるように思えます。ちょっとハスに構えてワルぶった方がカッコイイのだと。確かにその気持ちも分からないでもないです。
が、いざというときに、本当に正しいことを正々堂々と発言できるような、そういった環境に隊を導けたらと思います。
大人の社会では、正しいことをみんなで言い合ったら、逆にうまくいかなくなることも多々あります。ですから「ヤッターマン」を楽しく見られる子供年代にこそ、臆することなく正しいことを「正しい」と言って欲しいなと、子供のアニメを見ながらぼんやり考えました。
Date: 2008/01/17(木)
No. 26
記入者
編集長
秋の味
食欲の秋です。
先日、会津に仕事で行ってきました。磐越西線で会津若松へ向かう車窓からは、色づいた「そば」の畑がそこここに見られました。
帰宅してから津田沼の製粉所に電話すると「新そば入ってますよ」とのこと。無性においしいそばが食べたくなったので、1年ぶりに自分で打つことにしました。
買ってきたそば粉の入った袋を空けると、何ともいい香り。旬の挽きたてのそばは、ピーナッツのような香ばしい香りがします。そしてうっすらとした緑色。
いつも打っているわけではないので、おそば屋さんのようにキレイにできませんが、この時期のそばは、噛むと甘さが口に広がり、香りが鼻孔に抜ける最高の秋の味です。
これで、つゆも自作すれば、多分そば屋に食べに行く必要がなくなります。そのくらい素人でもおいしくできるのが、そばの魅力です。
そば粉が余ったので、そばがきも作りました。わさび醤油でいただく。何でしょうか?このネットリとした食感と、噛めば噛むほどに出る甘み。日本酒、日本酒〜。
そろそろ借り物のそば打ちセットでなく、自前で揃えようかなぁ。
Date: 2007/11/04(日)
No. 25
記入者
編集長
「うまのり」はじめました
普段あまり動かずに生きているので、やはり動かなくては!とフィットネスクラブ代わりに。初めてなので、今月は週3回くらい行かないといけないとのこと。仕事しないで平日の朝からこんな事していていいのか?と思うが、運良く(←運悪くだろう)4月はあまり仕事が入っていないので、目をつぶることに。
取りあえず入会金不要。年会費不要。都度費用ナシで、スポーツ保険と雑費を併せて年間で2000円という破格な値段設定。こんなところ、北海道の奥地に行ってもないはず。ただし、朝早くの馬房掃除から乗馬後の馬の世話までしなくてはいけないのと、有閑マダムばっかりのかなりイヤな世界に我慢をしなくてはいけないのが、ちょっと大変。
「1.ダイエット効果あり、2.馬に乗れるカッコイイ俺になれる、3.費用がタダ同然」の3点に惹かれてはじめたが果たして・・・。
Date: 2006/04/12(水)
No. 24
記入者
編集長
山菜三昧
先日、養老渓谷へボーイ隊の春キャンプに行った時のこと。
以前から、探していた「コゴミ」の群生をついに発見。スカウト達とノアザミやツクシも摘んで、夕飯のおかずに加えた。コゴミは湯がいて鰹節と醤油をかけて食べたが、クセのない食味と、噛んでいるとぬるっとした食感はとても美味。ノアザミの芽とツクシは、定番の天ぷらでサクサクっといただいた。春の味である。
すでに花が開いてしまったフキノトウもかなりあり、もちろん竹の子も期待できるこのキャンプ場は、思った以上の「山菜の宝庫」であることを再発見した。
いつものように、こういったことで私の「凝り性」が頭をもたげてくる。帰ってから早速「山菜の本」を購入し、ネットで関連サイトを調べ上げ、来年の春を夢想するのである。
今日、ホームセンターに立ち寄ったら、たまたま「行者ニンニク」の苗を売っていた。あまりメジャーな山菜ではなかった行者ニンニクを、身近なホームセンターで苗売りしていることにびっくりしながらも、398円で早速購入(←すぐ買うね)。自宅マンションの植栽にこっそりと植えてみた。6月くらいには食べられるようなので、ちょっと楽しみだ。
Date: 2006/04/11(火)
No. 23
記入者
編集長
はじめに「親の教育ありき」でしょ?
文科相が「ゆとり教育はやっぱダメだった」と発表したと新聞のトップに出ていた。2003年に行われた国際数学・理科教育動向調査で、小4と中2の学力ランクがダウンしたことを受けてのコトであるらしい。先日のOECD調査では「読解力」も大幅に低下しているとのこと。学生の頃、平均点を上げる側には属していなかった私だが、近頃の子供たちを見ていると「なるべくしてなった」感がないでもない。
文科省が掲げた「ゆとり教育」は、暗記重視であった学校教育を、「生きる力」を習得する方向へ転換。学習指導要領を授業内容・時間ともに3割削減する内容に改訂した。
その結果が「学力低下」。まあ、教える内容も時間も削ったのだから、当たり前と言ったらそれまでなのだが、では果たして「生きる力」は身についたのか?これはちょっと数字には表せないから何ともいえないが、甚だ疑問である。
だいたいにおいて、学校でできるコトなんて限度がある。
国の機関がお偉いさんを集めてすばらしい議論して「じゃあこれでやろうや」って決めたところで、最後はその授業を受ける生徒の本質の問題なんだと思う。
じゃあ、その本質を教育するのは誰かというと「親」なのだ。
「子供は親の背中を見て育つ」って言うのだから、親も立派な教育者なのだ。何事にも積極的に前向きな姿勢で取り組む親の子は、いつも目が輝いているし、すべてに対して消極的で生きる喜びを見いだせない親の子は何事にも興味を示さない子供になってしまう。
「子供は親の姿を写す鏡」なのである。
ここ数年で学校に対する親のニーズが変化してきたと聞く。
ニーズというモノは時代や社会背景によって変化するモノだが、新たに出てきた学校へのニーズに「しつけ」がある。
人にあったら挨拶するとか、何かしてもらったらありがとうというとか、ともだちと仲良くするとか、目上の人に対する言葉遣いとか、挙げていったらきりがないが、「オイオイちょっとまて。そんなことは親がすることだろうが。」と、たぶん「ゆとり教育」を決めた文科省のお偉いさんも、実は心の中で思っていたのではないだろうか。「それって、親の義務の放棄でしょ」と私も思う。
親としてやらなくてはならないことを放棄して、自分たちのやりたいことをやっている。飲みに行きたかったら、真夜中だろうと子供を飲み屋やカラオケに連れてくる。そんな光景を見るたびに腹が立つと同時に悲しくなってくる。こんな親に育てられた子供は、一体どうなってしまうのか。
最終的に子供の学力の向上を図りたかったら、親の意識改革からはじめなくてはならない。
親は子供に知育おもちゃを買ってやったり、英会話教室に行かせたり、いい学校に入れる前に、きちんと挨拶できるよう教育すべきである。それが親としての義務であって、「生きる力」を育てる何にも代え難い第1の教育なのである。
そうして親から「生きる力」をもらった子供たちは、学校での勉強にも興味を持って積極的に取り組むようになる。授業中に集中力が切れて、いきなり立ち歩いたりしなくなる。必然的に学力の平均も上がるというものだ。
と、えらそうなことをブチ上げたが「じゃあおまえのとこはどうなんだ?」と聞かれるとかなり心細い。
子供の教育や、少年犯罪についてのニュースを見たり聞いたりする度に、親というものの重要性や責任について考えさせられる。
Date: 2004/12/16(木)
No. 22
記入者
編集長
[
E-Mail
]
[
URL
]
うれしいできごと
今から20年前。
カブ隊の新人だった私は(当時一団にはビーバー隊はなかった)初めての軽井沢・お泊まり会に参加した。
当時は4月入隊だったので、ボーイスカウトに入って4ヶ月目、まだまだピカピカの1年生。右も左も分からずにただただ先輩のあとを追いかけていた。
私にとって衝撃的で、20年経っても忘れないできごとが起こった。伝統の浅間地震である。カブ隊は自分の持ち物を、部屋の棚にキチンと整理しておかなければならない。さもないと朝の点検で、リーダーにだらしなく入れてあるものを床に落とされるのだ。これが浅間地震である。
その朝、私の棚を浅間地震が襲った。
ザックの下にちょっとだけはみ出していた風呂敷を、リーダーは見逃さなかった。
朝の点検の評価は、その日の優秀組の選考に直結しているので、みんなピリピリしている。当然先輩から怒られるものだと私は覚悟していた。
しかし驚いたことに、組長は新人の私にあやまったのだった。
「ちゃんとたたみ方を教えておかなかったオレが悪かった。ゴメンな。」
この一言で私は自分の不注意を猛省し、その組長に敬服し尊敬した。
威張りたい盛りの小学6年生が、チビでノロマな小学4年生に頭を下げるなど、考えられないことだった。
その後、残念ながらその組長はボーイには上がらずにスカウト活動を辞めてしまったが、「長」のあり方を当時小学6年生の彼の姿勢から教わったと思っている。
今、私が目指している「班長のあるべき姿」の原型はそこにある。
先日、幼稚園のもちつきを手伝ったときのことだ。
すべてのもちをつき終わって、さて、片づけだと一息ついたところに、園児のお父さんが声をかけてきた。
「つかぬことを伺いますが・・・」
何だろう?クレームか?それとも入隊希望か?
私の振り向いた先に立っていたのは、なんとその「組長」だったのである。
「先輩!」「20年たっても、わかるもんだなぁ。」
感激のご対面。少なくとも私にとってはそうだった。
20年前の記憶が鮮明によみがえってくる。
ひとしきり、当時の思い出を話したあと、仕事に戻った。
最近、ボーイ隊のスカウトと接していて、精神年齢の低下をとても感じる。自分たちのスカウト時代と比べたときに、ひいき目を差し引いても、当時の子供たちはもっともっと大人だった。
名誉を大切にし、責任を果たし、勇気を尊び、怯懦を憎み、そして仲間を愛した。
年少の者は年長者に尊敬と信頼を持って接し、年長の者は年少者にいたわりを持って接した。
時代が変わり、社会環境が変わって、子供たちは自己中心的になり怠慢を良しとするようになった。体力はなくなり、情報過多で頭ばかり育った。
時代や社会が変わったからといって、それでよいのか?
当時のようなスカウト活動は、もうできないのか?
それではあまりにも悲しすぎるし、今に生まれた子供たちが可哀想だ。
今回、私の「組長」に再会したことで、そんなことをより強く感じるようになった。
彼のようなスカウトを社会に排出するために、われわれ指導者が存在するのだから。
Date: 2004/12/05(日)
No. 21
記入者
編集長
[
E-Mail
]
[
URL
]
障害者スポーツ体験
11/13から埼玉県全域で行われている、第4回全国障害者スポーツ大会に、卓球で身内が出場するというので、行田市まではるばる行ってきた。となりは熊谷市なのだから、思っていたより遠くまで来たものだ。久しぶりの東北道ツーリングとなった。
卓球が行われたのは行田市のスポーツ施設だったのだが、行田市だけに限らず、埼玉県全域のスポーツ施設という施設で大会が行われていたようで、えらい盛り上がり方だった。
大会スタッフの多くがボランティアで、身内の所属している神戸市の団体も、若い女の子が一生懸命面倒を見てくれていた。見習うべき点も数多くあった。
障害者のスポーツ大会には過去数度足を運んでいるが、そのレベルには毎回脱帽させられる。オリンピックもパラリンピックなどと区別せずに、ひとくくりでやればいいのにといつも思う。
体育館の周りではいろいろな催し物が用意されていたが、ひょんなことから「サウンドテーブルテニス」という、視覚障害者の卓球を体験した。卓球台の上を転がして打ち合うもので、球の中に鉛が入っていて打っても転がっても音がするという仕組みだ。最初は目隠しせずに練習し、次にアイマスクをつけてやってみた。プレイ中はとにかく夢中で、ボールの音を集中して聞いていた。一緒に来た家族や、周りのギャラリーなど完全に忘れて、とにかく音を追いかけた。相手の人がうまく打ち返してくれたこともあり、考えていたより上手くできたようだ。4〜5回のラリーを体験したが、集中すると思ったより球の転がりを頭の中でイメージできた。ただ、あの集中力を試合という緊張感の中で長時間維持するのは至難の業であろう。しかも視覚障害者はそれが24時間年中無休なのだ。
今回の大会は15日で幕を閉じるが、今更ながら大会の成功を祈る次第だ。
Date: 2004/11/14(日)
No. 20
記入者
編集長
[
E-Mail
]
[
URL
]
現行ログ
/ [
1
]
[
2
]
[
3
]
[
4
]
キーワード
スペースで区切って複数指定可能
OR
AND
HP委員のためのHP作成テクニック
003609
[
TOP
]
shiromuku(u2)DIARY
version 2.65